好事家の世迷言。(続)

調べたがり屋の生存日記。gooブログから引っ越し中。

「蒼紅の冒険者」第76話「最後の夜」

休火山の山頂近くの岩穴から、いよいよ砦の敷地内に進入する。
岩壁の、おどろおどろしい装飾を見た時、今更ながら足が震えてきた。
ぼく達、ついに敵地の中心まで来たんだな……冗談とかじゃなくて本当に。

幸い、入口を守る二人の衛兵は今、酒瓶を転がして眠りこんでいる。
その近くを走ってすり抜けて、小さな洞窟に身を隠し、野宿の支度をした。
おそらく今夜が、この冒険での最後の夜になるだろう。
その緊張のせいか、眠っている途中で、何故かふと目が覚めてしまった。

「どうした? ニック」
「ん……、何か変な夢みた。
 光の中で、女の人が言ってるんだ。逃げる時の合言葉がどうとか」
「……まさか、キミもあのお告げの夢を見たと?」
「へ?」
「実は……キミに話すべきかどうか、悩んでいた事がある。
 我ながら信じられない話なのだが、信じてくれるか?」
「難しい条件だねソレ。……とにかく話してよ。ちゃんと聞くから」
「わたしは……この砦に入った事がある」
「!?」
「より正確には、『この砦に入った』という記憶があるのだ。
 本来ならば、決してあり得ない記憶のはずなのに。
 途切れ途切れではあるが……よみがえるその記憶は常に鮮明で、
 わたし自身が体験したと言わんばかりに、今まで以上に迫ってくるのだ」
「そっか……それじゃ、おまえが今まで、ぼくに教えてくれてた事も……」
「ああ。その記憶から感じ取った事柄だ。
 キミが夢で聞いただろう合言葉も、記憶にある」

そう言ったエッジの口から出た合言葉は、
確かにぼくがさっきの夢で聞いた物と同じだった。

「わたしは分からなくなる。自分が何者なのか。
 わたしは、ただの普通の人間でいたい。キミと同じ人間でいたい。
 このような奇妙な現象など、もうこれ以上、要らないのに……!」
「……おまえは、人間だよ」
「ニック……」
「そうやって悩んで悩んで、泣きそうな顔してるのが何よりの証拠。
 その記憶ってのも、せいぜい利用してやろうよ。きっと役に立つからさ」

ぼくは、ことさら明るくエッジに言った。
自分の中に湧き上がってきている不安を、忘れるために。