好事家の世迷言。(続)

調べたがり屋の生存日記。gooブログから引っ越し中。

シンプルストレート。

ハリー・ポッターと賢者の石』(by J・K・ローリング)、読了。

世間様では大ヒットを続ける有名な作品。
私も映画の方は最初から劇場で見続けているが、原作を読んだのは、今回が初めて。


読んで感じた印象は。何もかもが、とにかくシンプルストレート

悪役と呼べる人が、まずいない。悪人とさえ呼べない、どちらかと言えば困り者。
特にダズリー 一家。
魔法を信じない現実主義というより、単なる虐待一家にしか私には見えない。
あの環境で生きていながら、不良にならないハリーの姿は、逆に信じがたい。
ドラコにも、もう少し見せ場が欲しかった。
ライバルキャラとするには、どうにも情けないというか。


それから、もう一つ。この作品にない物。「整えられた体系」がないのだ。
この作品の魔法における理論・歴史・目的、そして宗教観。
ホーキで空を飛ぶにも、どうすれば飛べるのか、なぜ飛ばねばならないのか。

そもそも、作中の光の魔法、闇の魔法という考えは即ち、
神と魔、聖と邪、善と悪など、一神教の概念であり。宗教は外せない。
だから、ラスボスのヴォルデモートが人でなく、例えば大悪魔とかなら、
たとえハッキリとした目的が描かれてなくても構わないんだけど……。


コレはある人の受け売りだが、これくらいシンプルストレートに描いた方が、
世間様では大ヒット作品になるのだろうか。
自分が日頃、小難しいミステリばかり読んでいるから、こんな風に思うのかな。

それでは。また次回。